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和歌山地方裁判所 平成8年(行ウ)11号 判決

原告

前田有加

右訴訟代理人弁護士

豊田泰史

畑純一

岡田栄治

被告

和歌山市長

旅田卓宗

右訴訟代理人弁護士

福田泰明

右訴訟復代理人弁護士

廣谷行敏

主文

一  被告が原告に対して平成七年九月二六日付けでした別紙1記載の文書部分の非公開決定のうち、同記載の4(1)、6(2)、(3)及び7(1)を除く文書部分を非公開とする部分を取り消す。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用は、これを四分し、その一を原告の、その余を被告の負担とする。

事実及び理由

第一  請求

被告が原告に対して平成七年九月二六日付けでした別紙1記載の文書部分の非公開決定を取り消す。

第二  事案の概要

本件は、原告が、被告に対し、和歌山市公文書公開条例(平成五年条例第三三号。以下「本件条例」という。)に基づき、和歌山市土木部道路維持課(以下、単に「道路維持課」という。)が所管する道路施設の復旧及び整備工事のうち、緊急に施工の必要があり、工事費用が三〇万円程度までの小規模かつ簡易なもの(以下「本件道路整備等工事」という。)の実施や工事費用の支払等に際して作成された文書の公開を請求したところ、被告が、別紙1記載の各文書部分(以下「本件非公開部分」という。)を非公開とする旨の決定(以下「本件処分」という。)をしたため、その取消しを求めた事案である。

一  前提となる事実

以下の事実は、当事者間に争いがないか、証拠(甲一、一〇、二三ないし三〇、乙一、二の1ないし4、三の1ないし3、四の1ないし3、六ないし八、一二、一三、証人岩橋武男)及び弁論の全趣旨により容易に認められる事実である。

1  当事者

(一) 原告は、和歌山市内に住所を有する同市の住民であり、本件条例五条一号による公文書の公開請求権者である。

(二) 被告は、本件条例二条一号の実施機関である。

2  本件処分の経緯等

(一) 原告は、被告に対し、平成七年八月一日、和歌山市の平成六年度の土木費、道路河川費、道路維持費、橋梁維持費及び舗装維持費に係る支出負担行為伺書、支出命令、支出調書及び精算報告書並びに右各文書に関する施工図面及び施工後の写真等(但し、賃金に関するもの。)について、公文書の公開を請求した(以下「本件請求」という。)。

被告は、同年九月二六日、本件請求に係る公文書として、別紙2記載の各文書を特定した上、別紙1記載の4(支出負担行為書兼支出命令書添付の人夫使役原簿)、同6(資金前渡金精算書添付の領収書)及び同7(同添付の人夫使役原簿)の各文書部分は、本件条例六条一号に該当し(同条の規定内容は、後記3のとおりである。)、本件非公開部分のうち、同4(1)(住所氏名欄)、同6(2)、(3)(住所氏名欄及び領収印欄)及び同7(1)(住所氏名欄。以上の各文書部分を併せ「本件住所氏名欄等」という。)を除く文書部分(以下「本件賃金欄等」という。)は、同条四号に該当するとして、本件処分をした。

(二) 原告は、被告に対し、同年一一月二二日、本件処分を不服として、行政不服審査法に基づく異議申立てをした。被告は、和歌山市公文書公開審査会に対し、同年一二月八日、右異議申立てにつき諮問したところ、同審査会は、平成八年六月二七日、本件賃金欄等について、公開すべきであるとの答申をした。

被告は、原告に対し、同年一〇月三一日、本件非公開部分のうち、本件住所氏名欄等は、本件条例六条一号に該当し、本件賃金欄等は、同条四号に該当するとして(なお、別紙1記載の4、6及び7の各文書部分のうち、本件住所氏名欄等を除く文書部分、すなわち、同4(2)ないし(8)、同6(1)、同7(2)ないし(8)は、同条一号に該当しないとして、本件処分における判断を変更した。)、原告の異議申立てを棄却する旨の決定をした。

3  本件条例の規定内容

本件条例六条は、実施機関が公開をしないことができる場合を規定しており、このような非公開事由として、次のような場合を規定している。

(一) 一号

同条一号は、個人に関する情報(事業を営む個人の当該事業に関する情報を除く。)であって、特定の個人が識別ないし識別され得る場合を規定し、同号但書において、例外的に、このような情報であっても、ア法令その他の定め(以下「法令等」という。)の規定により、何人でも閲覧することができる情報、イ公表を目的として実施機関が作成又は取得した情報、ウ法令等の規定に基づく許可、免許及び届出等の際に実施機関が作成又は取得した情報であって、人の生命、身体、健康及び財産等を保護するため、公開することが公益上必要であると認められる場合には、公開し得る旨を規定している。

(二) 四号

同条四号は、市の機関又は国等の機関が行う取締り、立入検査、許可、試験、入札、交渉、渉外、争訟及び人事その他の事務事業に関する情報であって、公開することにより、当該事務事業若しくは将来の同種の事務事業の目的を損ない、又はこれらの事務事業の公正若しくは円滑な執行に支障が生ずるおそれがある場合を規定している。

(三) 五号

同条五号は、市の機関が国等の機関との間における協議、依頼及び委任等に基づいて作成又は取得した情報であって、公開することにより、国等との協力関係又は信頼関係が損なわれると認められる場合を規定している。

4  本件非公開部分の記載内容等

(一) 本件住所氏名欄等

本件住所氏名欄等には、本件道路整備等工事に従事した作業員の氏名及び住所が記載された上、精算書に添付された領収書(別紙1記載の6)には、賃金の支払いを受けた際の領収印が押捺されている。

(二) 本件賃金欄等

(1) 支出負担行為伺書

別紙1記載の1(一人当たり賃金の項目)には、土木工事標準積算基準の労務(軽作業員)単価(労務単価とは、作業員一日一人当たりの賃金をいう。)が記載されている。

土木工事標準積算基準は、本件道路整備工事のみならず、公共工事一般につき、設計総金額(工事発注者が、公共工事の標準的な施工方法を基準として、標準的な施工能力を有する建設業者が当該工事を行った場合に要する経費を積算した合計金額をいう。)を積算する際に基準となる単価を規定したものであり、国から通達を受けた和歌山県(以下「県」という。)によって作成された上、和歌山市へ通知される取扱いであった。また、その保管については、国及び県から、取扱いに注意すべき旨の指導がされていた。同基準は、農林水産省、運輸省及び建設省によって、毎年改定されており、そのうち、労務(軽作業員)単価を例に取れば、平成六年から平成九年までの間に、約二〇パーセント上昇している。

(2) 同添付の工事設計書

ア 同2(1)ア(設計総金額)には当該工事の設計総金額が、同イ(予定価格が識別される部分)には工数(設計総金額を労務単価で除した上、小数点以下を切り捨て、計算される。)が、それぞれ記載されている。

イ 同(2)(数量欄中作業員に係るもの)には、当該工事に必要な作業員数が記載されている。

ウ 同(3)(単価欄)には土木工事標準積算基準の労務(軽作業員)単価及び資材単価が、同(4)(金額欄)には右各単価にその必要数量を乗じた金額が、同(5)(摘要欄中予定価格が識別される部分)には右各単価が、それぞれ記載されている。

(3) 支出負担行為書兼支出命令書

同3(1)(控除合計額欄)には作業員らに支払われた賃金に対して課税された所得税額が、同(2)(差引支払額欄)には支払命令額(賃金額)から所得税額を控除した金額が、同(3)(課税所得調査済税額欄)には所得税合計額が、合計額をもって、それぞれ記載されている。

(4) 同添付の人夫使役原簿

同4(2)(出面歩合欄)には作業員の出役日数の合計(工数に等しい。)が、同(3)(一人歩賃金欄)には労務単価が、同(4)(出役日数欄)には作業員の出役日数が、同(5)(金額欄)には作業員に支払われた合計賃金額が、同(6)(所得税欄)には賃金に課税された所得税額が、同(7)(差引支給額欄)には賃金から所得税額を控除した金額が、同(8)(個人別の各日毎の使役状況が識別される部分)には作業員の各日ごとの出役の有無が、それぞれ記載されている。

(5) 資金前渡金精算書

同5(1)(控除額欄)及び同(2)(差引支払額欄)には、同3(1)及び(2)と同様の記載がある。

(6) 同添付の領収書

同6(1)(金額欄)には、同4(5)と同様の記載がある。

(7) 同添付の人夫使役原簿

同7(2)ないし同(8)(出面歩合欄、一人歩賃金欄、出役日数欄、金額欄、所得税欄、差引支給額欄及び個人別の各日毎の使役状況が識別される部分)には、同4(2)ないし(8)と同様の記載がある。

二  争点

1  本件住所氏名欄等は、本件条例六条一号本文に該当するか。

2  本件賃金欄等は、同条四号に該当するか。

3  本件賃金欄等は、同条五号に該当するか。

三  争点に関する当事者の主張

1  争点1について

(一) 被告の主張

本件住所氏名欄等の開示によって、当該作業員が本件道路整備等工事に従事し、賃金の支払いを受けた旨の情報が開披されてしまう。作業員は、本件において、道路修繕という単純作業に従事し、その対価として賃金の支払いを得たにすぎないのであって、右作業への従事は、当該作業員にとって、あくまで私的な取引関係に属する事柄というべきであるから、本件住所氏名欄等に記載された情報は、個人に関する情報に他ならない。そして、作業員の氏名や住所、領収印は、明らかに特定個人が識別される情報であるから、本件住所氏名欄等は、本件条例六条一号本文に該当する。

(二) 原告の反論

(1) 本件条例六条一号は、個人に関する情報の開示一般を禁止するものでなく、そのみだりな開示を防止するための規定というべきであるから、個人に関する情報であっても、プライバシーに関係しないことが明らかな情報は、本件条例六条一号本文に該当せず、これを非公開とすることは許されない。

本件道路整備等工事に従事した作業員らは、和歌山市に直接雇用され、賃金の支払いを受けており、これは、同市の現業職員が公務を遂行した場合と同視し得る。そうすると、本件道路整備等工事への従事は、当該作業員にとって、プライバシーに属する事柄とは到底いえず、公務ないしこれに準ずる性質を持つというべきである。そして、本件住所氏名欄等に記載された作業員の氏名及び住所は、右のような公務の遂行者を特定し、その責任の所在を明らかにするために表示されたものであり、また、同記載の領収印は、当該作業員が公金を受領した事実及びそれに伴う責任の所在を明らかにするために表示されたものであるから、いずれも、公務に付随する情報で、プライバシーに関係しないことが明らかなものである。したがって、本件住所氏名欄等は、本件条例六条一号本文に該当しない。

(2) また、精算書添付の領収書及び人夫使役原簿上、本件道路整備等工事においては、作業員が、和歌山市から、直接賃金の支払いを受けた旨の記載がされており、本件道路整備等工事に従事した作業員は、当該工事の請負業者と同様の地位にあるとも解し得る。したがって、本件住所氏名欄等に記載された情報は、事業を営む個人の当該事業に関する情報というべきであって、個人の情報について規定した本件条例六条一号本文に該当しない。

2  争点2について

(一) 被告の主張

(1) 公共工事の入札を実施するに際し、入札予定価格(入札の際の落札上限額をいう。)を事前に公開すると、請負業者が独自に工事価格を見積もらず、コスト削減や技術開発、新技法の採用等、低価格の実現のための努力を怠ったまま、入札予定価格のみに基づいて入札に参加するため、公共工事が常に入札予定価格に近似した高値で落札されてしまう。また、受注した工事の入札予定価格が、実際に工事を実施する際に必要な工事費用よりも低廉なときは、請負業者が、手抜き工事を行ったり、下請業者に対し、自身が受注した工事を丸投げするなどの事態が生じる可能性すらある。さらに、請負業者間で談合が行われた場合は、落札予定業者が入札予定価格に近似した高値の入札価格を提示することにより、同価格が最低制限価格(入札の際の落札下限額をいう。)を下回って入札が成立せず、談合が奏功しない危険を回避できるため、談合がより容易になり、ひいては、談合組織の結成ないし維持拡大が誘発されかねない。したがって、入札予定価格は秘密とし、これを公開していない。

本件賃金欄等には、労務単価や資材単価等の公共単価ないしこれを推知させる情報が記載されているところ、公共単価は、和歌山市における公共工事の入札予定価格を算定する際に、共通して用いられる数値である上、公共工事の入札に先立ち、請負業者には、当該工事の仕様や図面とともに、作業員数を除く歩掛り(当該工事の実施に必要な資材の種類及び数量、機械の機種、規格及び運転時間等を記載したものをいう。)を公開する扱いとされているから、仮に、公共単価を公開した場合、開示された公共単価に歩掛りを乗じることによって、請負業者は、今後、自己が入札に参加しようとする公共工事の入札予定価格を、事前に正確に算出できることとなるのであり、和歌山市における入札に関する事務事業の公正及び円滑な執行に支障が生ずるおそれ(以下、単に「支障のおそれ」という。)がある。したがって、本件賃金欄等は、本件条例六条四号に該当する。

(2) これを、各文書部分の内容ごとに述べると、以下のとおりである。

ア 労務単価及び資材単価等が記載された部分

別紙1記載の1(一人当たり賃金の項目)、同2(3)(単価欄)、同(4)(金額欄)、同(5)(摘要欄中予定価格が識別される部分)、同4(3)(一人歩賃金欄)及び同7(3)(同)には、労務単価ないし資材単価等が記載されているから、右各文書部分は、本件条例六条四号に該当する。

イ 設計総金額が記載された部分

同2(1)ア(設計総金額)には、当該工事の設計総金額が記載されているところ、設計総金額は、入札予定価格に極めて近似した金額であるため、同金額を公開すると、将来の入札予定価格の算出が容易になる。したがって、右文書部分は、本件条例六条四号に該当する。

ウ 賃金額等が記載された部分

同4(5)(金額欄)、同6(1)(同)及び同7(5)(同)には、作業員に支払われた賃金額が記載されているところ、賃金額を公開すると、市場価格等を参考として、労務単価を容易に推測し得ることにもなりかねない。また、同3(1)(控除合計額欄)、同(2)(差引支払額欄)、同(3)(課税所得調査済税額欄)、同4(6)(所得税欄)、同(7)(差引支給額欄)、同5(1)(控除額欄)、同(2)(差引支払額欄)、同7(6)(所得税欄)及び同(7)(差引支給額欄)には、右賃金に課税された所得税額に関する記載があるところ、所得税額等を公開すると、法定の所得税率を基礎として、作業員等に支払われた賃金額を容易に算出し得ることとなる。したがって、右各文書部分は、本件条例六条四号に該当する。

エ 作業員数等が記載された部分

同2(1)イ(予定価格が識別される部分)、同4(2)(出面歩合欄)及び同7(2)(同)には、工数が記載されているところ、当該工事の工事費(労務単価に工数を乗じたものをいう。)は公開されているから、工数の開示によって労務単価を正確に算出することが可能である。また、同2(2)(数量欄中作業員に係るもの)、同4(4)(出役日数欄)、同(8)(個人別の各日毎の使役状況が識別される部分)、同7(4)(出役日数欄)及び同(8)(個人別の各日毎の使役状況が識別される部分)には、当該工事に必要な作業員数が記載されているところ、前記(1)のとおり、一般に、請負業者には、入札の実施に先立って、歩掛りが公開される扱いとなっているものの、作業員数については、労務単価が市場価格等から推測し易い性質を持つことから、これを開示すると、入札予定価格の算出を容易にしかねないとして、特に公開しない扱いとされている。したがって、右各文書部分は、本件条例六条四号に該当する。

(二) 原告の反論

本件道路整備等工事は、一般ないし指名競争入札の方式によらず、随意契約の形で、工事現場付近の業者に直接発注されており、労務単価や資材単価の公開により、入札の公正が害されるおそれはない。また、工事費用の支払等に関しては、事務処理上の便宜から、工事設計書に基づき決定された設計総金額を作業員の賃金に換算した上、請負業者に対し、賃金合計額を一括して支払う扱いとされていたから、本件道路整備等工事を受注した請負業者は、支払いを受けた賃金合計額から、労務単価や資材単価を容易に算出できるし、自身が受注しなかった請負業者についても、従前から多数の請負業者が右工事を受注していた実態に照らせば、同業者から情報を得るなどして、右各単価を容易に推測し得たものと考えられるのであって、これらの単価は、請負業者間において、既に公知であったと推測される。さらに、これらの単価は、平成六年度のものであって、既に改定されている上、和歌山市は、同市監査委員会から、工事費用を賃金に換算して支払うという支払方法は、事務処理手続として不適切である旨の指摘を受け、既にこれを廃止している。したがって、本件賃金欄等は、本件条例六条四号に該当しない。

3  争点3について

(一) 被告の主張

本件賃金欄等には、前記のとおり、公共単価ないしこれを推測し得る情報が記載されているところ、和歌山市は、国及び県から、年度ごとに土木工事標準積算基準の提供を受け、同基準の公共単価に従って決定したものであって、国及び県からは、その取扱いに慎重を期し、部外秘とするように指導を受けている。したがって、これを公開すると、国ないし県との信頼関係が損なわれ、今後の行政上の措置について協力を得ることが困難となるから、本件賃金欄等は、本件条例六条五号に該当する。

(二) 原告の反論

本件賃金欄等に含まれる情報は、前記2(二)のとおり、業者間において既に公知の情報であると考えられるから、このような情報を開示しても、国ないし県との協力関係等が損なわれるような事態が生じるおそれはなく、本件賃金欄等は、本件条例六条五号に該当しない。

第三  当裁判所の判断

一  本件道路整備等工事の概要等

証拠(甲一〇、一二ないし一五、一九、二三ないし二五、乙一四、証人岩橋、同林)及び弁論の全趣旨によれば、次の事実を認めることができる。

1(一)  本件道路整備等工事は、道路維持課が所管する道路施設の復旧及び整備工事のうち、同課職員の現地調査の結果、早急に施工の必要があると認められ、工事費用が三〇万円程度までの小規模で簡易な工事につき、一般ないし指名競争入札を実施せず、随意契約として、現場付近に所在する請負業者に工事を発注するものであり、年間一二〇ないし一三〇件(平成六年度の実績は、一〇六件。)の工事が実施された上、その工事費用は、ほとんど三〇万円前後に収まっていた。

(二)  本件道路整備等工事については、事務処理上の便宜から、実際に作業員に支払われるべき賃金のみならず、機材の賃貸料や材料費を含め、工事費用を労務(軽作業員)単価で換算した上、賃金名目で支出しており、具体的には、工事設計書を基に積算された設計総金額を一日一人当たりの労務(軽作業員)単価で除し、小数点以下を切り捨てたものを工数として当該工事に必要な雇用人員を算出した上、当該作業員に対する賃金支払名目で前渡金の支出を受け、請負業者に工事費用を支払うこととされていた。

発注に当たっては、道路維持課において、当該工事の工事設計書、図面(平面図及び断面図からなる。)並びに現場地図(破損ないし修繕個所の位置を示したもの。)等を添付した本件道路整備等工事に関する決裁伺書を作成し、当該人員の雇用について決裁を得、工事現場付近に所在する請負業者に工事を発注して、請け負わせていた。そして、工事完了後、道路維持課職員の施工検査を経た上、各作業員ごとの出役日数及び賃金等を記載した人夫使役原簿に基づいて支出負担行為書兼支出命令書を作成し、作業員に対する賃金の支払いについて決裁を得た後、資金前渡職員である同課課長が支出調書を作成し、賃金名目で前渡金の支出を受けた上、請負業者に対し、これを一括して支払うことで工事費用の支払いに代えていた。なお、各作業員に対する賃金の支払いは、雇用者である請負業者においてなされており、領収書(各作業員ごとの賃金額が記載されていた。)の徴求も、請負業者において一括して行っていた。その後、道路維持課において、右のとおり徴求された領収書を添付し、資金前渡金精算書を作成して精算を行っていた。

2  右方式による本件道路整備等工事の実施については、元道路維持課職員から、和歌山地方検察庁に対し、平成七年六月二八日、架空工事を作出した上、架空の作業員に対する賃金支払名下に公金を不正支出し、交際費等に充当していた旨の告発がされたことを契機として、和歌山市の住民から、同市監査委員に対し、同年七月一〇日、監査請求(但し、平成五年四月から平成七年三月までに実施された工事に限る。)がされた。同市監査委員は、同年八月三一日、右監査請求を棄却したものの、前記1の方式による工事費用の支出について、賃金は、本来単なる日当であり、材料費等を賃金に換算して支出することは不適当であるとして、右事務処理手続は、当然賃金として支出すべきものを除き、極めて適正を欠く旨を指摘した。道路維持課は、右指摘を受け、平成八年度から、右方式による工事費用の支出を改善した。

以上の事実が認められる。

原告は、本件道路整備等工事に従事した作業員は、和歌山市に直接雇用された旨を主張する。なるほど、支出負担行為伺書には、道路維持課において、直接、作業員を雇用することを前提とする記載があり、支出負担行為書兼支出命令書及び資金前渡金精算書に各添付の人夫使役原簿にも、その体裁上、道路維持課から各作業員に対し、直接賃金が支払われたことを窺わせる記載があるものの(乙二の1、三の3、四の3)、前記1に認定のとおり、本件道路整備等工事において、作業員に対する賃金支払いの名目で前渡金の支出がされたのは、緊急に施工の必要がある上、工事費用も三〇万円程度と比較的少額で、小規模かつ簡易な工事であるという本件道路整備等工事の性格に鑑み、便宜的に工事費用を賃金で換算するという事務処理手続を採ったためであることは明らかであるから、右のような文書の記載内容ないし体裁は、前記認定を左右するに足るものではない。

二  争点1について

1  本件住所氏名欄等には、作業員の氏名や住所、領収印が記載されているところ、これは、特定個人を識別する情報に明らかに該当する。したがって、以下、右情報が個人に関する情報に該当するかについて、判断する。

(一)  本件条例六条一号は、原則公開を旨とする情報公開制度のもとでも個人のプライバシーを保護する必要はあり、個人に関する情報は、正当の理由がない限り、公にされてはならないという見地から設けられた規定である。このような本件条例の趣旨に鑑みれば、個人に関する情報に該当するか否かは、当該情報の内容や性質、情報を開示される個人の属性等を総合考慮した上、実質的に判断すべきものと解される。

(二)  これを本件について見るに、本件住所氏名欄等の開示によって、作業員ごとの出役日数や賃金額等が具体的に明らかとなるところ、右情報は、特定個人の就労状況や収入という、個人が通常他人に知られたくない領域に属する事柄である。もっとも、これらの出役日数や賃金額等は、前記認定に照らすと、前渡金の支出ないし精算のための計算上のものにすぎないが、右事実を考慮しても、作業員の現実の出役日数や賃金額等とかけ離れたものとは考えられないし、かえって、これらの点について不正確な情報を開示することは、プライバシー侵害となると考えられる。そして、作業員は、本件において、単純労務作業に従事したにすぎない上(本件道路整備等工事の性格上、そのように推認される。)、右作業に伴う金員の受領についても、右一に認定のとおり、請負業者との間で雇用契約を締結し、当該作業に従事した当然の対価として、報酬の支払いを受けたというに止まるのである。

そうすると、右情報は、個人のプライバシーとして保護されてしかるべき性質のものであり、本件住所氏名欄等に記載された作業員の住所や氏名、領収印は、個人に関する情報に当たるというべきである。

(三)  もっとも、本件請求が、前記告発を端緒として、本件道路整備等工事につき、工事の実施の有無や作業員の雇用及び賃金の支払いが現実になされていたかどうかを検証する目的に出たものであることは、想像に難くなく、右検証のために、本件住所氏名欄等の開示が必要なことは、理解できなくもない。しかしながら、情報公開制度は、行政に対する住民の不断の監視を志向する理念に基づくものとはいえ、犯罪ないし疑惑の発見そのものを直接の目的とした制度ではないのであって、右目的達成の故に、作業員らがプライバシー侵害を甘受すべき理由はない。当該情報に含まれた作業員の氏名が架空であることにつき相当程度の蓋然性があり、プライバシー保護を顧慮する必要性に乏しいと認められるような場合は格別、そのような事情を認めるに足る十分な証拠のない本件において(証拠(甲一九、証人林)中、架空の作業員への賃金支払名下に公金を不正支出した旨を示唆する供述ないし供述記載部分があるが、具体的な根拠を何ら示すことなく、右不正支出の慣行があった旨を指摘するに止まっており、右証拠から、架空であることについて相当程度の蓋然性があることを認めることはできない。)、前記判断が左右されることはない。

(四) なお、原告は、本件道路整備等工事に従事した作業員は、和歌山市から直接賃金の支払いを受けており、当該工事を受注した請負業者と同視し得るとして、本件住所氏名欄等に記載された情報は、事業を営む個人の当該事業に関する情報に当たる旨を主張するが、前記一に認定のとおり、作業員は、請負業者によって雇用され、賃金の支払いを得たと認められる以上、原告の主張は、その前提を欠くものであって、採用の限りでない。

2  以上に検討したところによれば、本件住所氏名欄等は、本件条例六条一号本文に該当するというべきである。

三  争点2について

1 本件条例六条四号は、情報の公開により、当該事務事業の目的を損ない又はその公正若しくは円滑な執行に支障が生ずるおそれがある場合に、当該情報を非公開とする旨を規定しているところ、同条が、公文書の公開原則の例外として、非公開事由を限定的に列挙していること、本件条例三条が、市民の公文書の公開を求める権利が十分尊重されるように、本件条例を解釈し、運用すべきことを実施機関の責務として定めていること(甲一、乙一)等に照らせば、右非公開事由に該当するというためには、単に事務事業の目的が損なわれたり、その執行に支障が生ずる蓋然性があるというのみでは足りないのであって、当該情報の公開によって、右の事態を招致する具体的な可能性があることが客観的に認められる場合でなければならないと解すべきである。

2  そこで、以下、本件賃金欄等に記載された情報について、個別に検討することとする。

(一) 労務単価及び資材単価等が記載された部分

(1) 労務単価について

本件道路整備等工事の工事費用は、機材の賃貸料や材料費を含め、賃金に換算して支払われており、しかも、支払われる賃金額は、領収書の体裁上、個々の作業員ごとに明らかとなっているから、各作業員の就労状況を把握している請負業者は、自己が支払いを受けた工事費用額から、労務単価を推測することが可能である。そして、本件道路整備等工事は、年間一二〇ないし一三〇件と多数回実施された上、発注先も特定の業者に偏しておらず、現場付近に所在する請負業者に幅広く発注されていたことを考慮すれば、労務単価に関する情報は、実際に工事を受注した請負業者のみならず、和歌山市に所在する請負業者間において、広く流布されていたと考え得る。

また、他の種別の労務単価についても、その性質上、見積りの如何によってそれほど価格に差異が生ずる単価ではなく(弁論の全趣旨)、市場価格の実勢等を参考にすれば、比較的容易に、実際の単価に近似した数値を算出することができるし、その秘密性も、それほど高くないものというべきである。

以上に検討した点を総合考慮すれば、本件賃金欄等のうち、労務単価が記載された部分(同1、同2(3)、(5)、同4(3)、同7(3))について、その開示により、支障のおそれがあるとは認められない。また、同単価に必要数量を乗じた金額が記載された部分(同2(4))についても、右のおそれは認め難い。

(2) 資材単価について

本件道路整備等工事は、前記認定のとおり、道路施設の復旧及び整備工事の中でも、早急に施工の必要がある上、工事費用が三〇万円程度までの小規模で簡易な工事に限られているから、工事の規模や内容は、各工事間でそれほど相違なく、工事に必要とされる資材や機械の種類、工法も限定されたものにすぎないと考えられる。そして、本件道路整備等工事は、公共単価を前提にした設計総金額とほとんど同一の金額で、随意契約により発注されていたのであるから、本件道路整備等工事を受注した業者は、そこで問題となるような公共単価については、相当程度の精度で推測できたものと考えられる。そうすると、資材単価についても、右(1)において検討したところが、原則として妥当するというべきである。

したがって、本件賃金欄等のうち、資材単価が記載された部分(同2(3)、(5))について、その開示により、支障のおそれがあるとは認められない。また、同単価に必要数量を乗じた金額が記載された部分(同2(4))についても、右のおそれは認め難い。

(二) 設計総金額が記載された部分

設計総金額は、一般に、入札予定価格と極めて近似した金額であるものの(弁論の全趣旨)、本件道路整備等工事は、発注に際し、一般ないし指名競争入札を実施せず、随意契約として請負業者に工事を請け負わせているのであって、同金額の開示により、今後の本件道路整備等工事の実施に支障が生ずることはあり得ない。また、設計総金額の開示によって、今後の公共工事の入札に際し、入札予定価格の推測がより容易になることも、考え難いというべきである。しかも、本件道路整備等工事は、前記一1に認定のとおり、小規模かつ簡易な工事に限定され、工事費用も比較的少額に制限されているから、尚更である。

したがって、設計総金額が記載された部分(同2(1)ア)について、その開示により、支障のおそれがあるとは認められない。

(三) 賃金額等が記載された部分

賃金額が記載された部分(同4(5)、同6(1)、同7(5))、賃金に課税される所得税額に関する記載がある部分(同3(1)ないし(3)、同4(6)、(7)、同5(1)、(2)、同7(6)、(7))は、いずれも労務単価を推知させる情報であるとして、非公開決定がされたものであるところ、前記(一)(1)のとおり、労務単価について、非公開事由があるとは認められない以上、右文書部分の開示により、支障のおそれがあるとは認められないというべきである。

(四) 作業員数等が記載された部分

作業員数に関する記載がある部分(同2(1)イ、(2)、同4(2)、(4)、(8)、同7(2)、(4)、(8))も、労務単価を秘匿するため、同単価を推知させる情報であるとして、非公開決定がされたものであるから、右同様の理由により、支障のおそれがあるとは認められない。

3  以上に検討したとおり、本件賃金欄等の開示により、支障のおそれがあるとは認められず、本件賃金欄等は、本件条例六条四号に該当しない。

四  争点3について

1 和歌山市は、前提事実3(二)(1)に認定のとおり、国及び県から、土木工事標準積算基準の取扱いに注意すべき旨の指導がされていたところ、右指導は、同基準が、公共工事の設計総金額を積算するに当たって、共通して用いられる単価であることから、外部に公開されると、設計総金額の予測が容易となり、ひいては入札予定価格の事前公表に等しい事態を招致しかねないことを考慮してなされたものであって、国及び県の指導は、支障のおそれの有無を問わず、いかなる場合でも、一律非公開とすべき旨を要求するという強い趣旨に出たものではないと解される。そして、本件公開請求が、前記のとおり、本件道路整備等工事に関して告発がされ、監査委員から、この事務処理手続は極めて適正を欠く旨を指摘されたという事情の中でされたものであり、開示される公共単価が、前記のとおり、限定されたものであり、本件道路整備等工事に係る労務単価及び資材単価については、本件賃金欄等の公開を待たずとも、請負業者間において、既に相当程度、これらの単価に関する情報が流布されていたのであって、その開示により、今後実施される公共工事の入札に関する事務事業の執行に支障が生ずるおそれがあるとは認められないことを考慮すると、本件賃金欄等を開示したとしても、国ないし県との協力関係又は信頼関係が損なわれると認めることはできないというべきである。

2  したがって、本件賃金欄等は、本件条例六条五号に該当しない。

第四  結論

以上によれば、原告の請求は、本件賃金欄等の非公開決定の取消しを求める限りにおいて理由があるから、これを認容し、その余の請求については、理由がないから、これを棄却することとし、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官東畑良雄 裁判官大垣貴靖 裁判官高島義行)

別紙一、二〈省略〉

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